この庭の主役は「臼」です。正面の大きな石臼は中国南部でサトウキビを搾るのに使 われておりました。直径1.7m、重さ1.2tもあります。平らに据えて石のローラーがゴロ ゴロとその上を回転しながら廻っておりました。ですから真夜中に近いところはツルツ ルに減っています。一部縁の欠けたところから搾り汁が流れ出たということです。この ような形の石臼は「碾 てん」または「碾子 てんし」と呼ばれて韓国や中国、またヨーロ ッパでも古代より広く使われましたが、日本では普及しませんでした。韓国、中国で は脱穀、もみすり、精米、そして搾油にも用いられました。ヨーロッパでは古代よりオリ ーブの搾油に、また中世にはコーヒー豆を果肉から分離する作業にも使われました。 この石臼を店内に搬入する様子を作事組でビデオに撮って公開しています。現場で見 ていた人から「祇園祭りみたいやな」という声もあがっておりました。 手前の2個と餅つき臼の台になっているものは、よく知られております粉挽き石臼で す。粉挽き石臼の起源はギリシャ ローマの頃にさかのぼり、パンを作るための小麦 粉の挽き臼として発達し、聖書にも書かれています。そして東方に伝わり中国では約 2000年前の漢時代のものが見つかっています。 日本への石臼の伝来は推古天皇の頃、7世紀の初めの頃と「日本書紀」が伝えてい ます。そして一般に普及したのははるかに後世、江戸時代に入ってからであろうと考 えられています。米や小麦を粉にして貯え、入用のときに出して使えるということは粉 挽き石臼のない時代には考えられなかったことです。調理の際、すぐに使える乾粉の 出現は近世の食生活に革命をもたらしたといわれています。まただんご、うどん、素 麺、蕎麦、豆腐、黄粉、コンニャク等の食品から、ときには和紙の原料や糊粉等の顔 料に至るまで暮らしのあらゆる場面で人々の生活を支えてきた重要な道具であったのです。 餅つき臼は矢尾定さんがお持ちであったものを使わせていただきました。また餅つき に利用されることもあるかと思い、石臼の台の上に置きました。いつもは清い水を満た していただいて、水替えのときには杓でシダやトクサに水をかけて頂ければと思いま す。 六方石の台石の上の石灯篭は置灯篭と呼ばれるものです。これぐらいの庭のスケー ルの中で目立ちすぎずに主役の石臼を引き立てていると思います。そして何となく小 さな葛屋〔くずや〕(藁葺き農家)の風情も感じられて石臼との相性も良いのではと考えました。 続いて植物について説明いたします。 この庭での植物の主役は大木賊〔おおとくさ〕です。雨露もかからずほとんど室内のよ うな庭ですから、樹木類は使えません。そこでシダの仲間のトクサ、それも太くて長く 伸びるオオトクサを選びました。そのイメージはズバリ「稲」です。トクサいうのは「砥 石」に対して「砥草」です。表面にザラつきがあって、いわゆるサンドペーパーとして木 工芸品を磨いたりすることに使われました。ちなみに背後の壁面に割竹がつめ貼りさ れていますが、この方法をトクサ貼りといいます。 餅つき臼の後ろに見えるのが、同じくシダの仲間のイノモトソウです。シダの仲間です から、湿り気のある場所を好みます。よく井戸のそばに生えているので「井の許草」の 名がついたようです。 置灯篭の左奥に見えるのがベニシダです。トクサやイノモトソウと同様、常緑性のシダ です。庭園ではもっとも多く見かけるシダです。新葉が赤みがかっているので、この名 がつきました。 雨露も陽ざしも望めない庭です。乾ききってしまうことのない様に常々よく注意してい ただければ幸いです。